入社前はどのようなことをしていましたか?

幼少期からおいしいものを食べることが大好きで、大学では食品科学を専攻しました。料理に含まれる栄養成分の分析や、野菜から新たな機能性成分を探索する研究など、当時は香料とは直接的な関わりのない分野を専門としていました。
香料と出会ったのは、就職活動中に参加した会社説明会でした。それまでは『香料=ジュースやお菓子に風味を加えるもの』という、嗜好品としてのイメージを強く抱いていました。しかし説明会を通じて、加熱殺菌によって失われた風味を補う役割や、病院食・介護食のおいしさを引き立てる効果、さらにはアレルギーや宗教上の理由で食事に制限がある方々でも美味しく味わえるようにサポートする役割など、香料が『食の豊かさ』を支えるために、幅広い場面で活躍していることを知りました。食べることが大好きな私にとって、健康や機能性のためにおいしさを諦めることなく、誰もが『食の喜び』を分かち合える、そんな可能性を秘めた香料という存在に魅力を感じ、強く惹かれていきました。

長谷川香料に入社を決めた理由を教えてください。

香料会社について調べていく中で、当社と一般財団法人春めき財団との関わりを知りました。『春めき』は甘く豊かな香りが特徴の早咲きの桜で、桜としては珍しく強い芳香を持っています。春めき財団は視覚に障害がある方を支援する目的で設立されており、当社は植樹活動や製品開発を通じて貢献しています。『香りで春を届ける』という、香料会社ならではの支援のあり方に驚いたとともに、深く感銘を受けたことが、入社を決意した最大の理由です。また、選考でお会いした社員の方々が穏やかで親切だったこと、そして総合研究所の入り口に広がるラベンダーとローズマリーの美しい花畑も、『この環境で働きたい』と心から思える決め手となりました。
入社後、フレグランス研究所が庭で四季を彩る植物を栽培し、香りの研究に活かしていることを知りました。茶道を長年習っており、四季折々の花を楽しむことが好きだった私にとって、この研究姿勢は大きな魅力でした。さらに、入社前から愛用していた香水を創り出した調香師と同じフロアで働けることを知ったときの感動は、今でも忘れられません。これらの経験や出会いが、フレグランス研究所で調香に携わりたいという強い志望動機へとつながりました。

現在どのような仕事をしていますか?

香水やシャンプー、柔軟剤など、日用品向けの香料を扱うフレグランス研究所で調香師をしています。調香師は、数千種類にのぼる香料原料の香りを記憶し、それらを最適に組み合わせることで、新たな香りを創造する仕事です。
私は現在、主に香料原料の新たな活用方法を模索したり、花をはじめとする天然物の香りを再現した香料を調香したりするなど、調香の土台となる基礎研究を担当し、製品開発に携わる調香師をサポートしています。以前、技術研究所の先輩社員が語っていた『調香師は画家であり、技術研究所はその絵の価値を高めるための絵の具や額縁を創る存在である』という例えが好きなのですが、私は、その絵の具がどの花を描くのに最も適しているのか、あるいは理想の花を描くためにはどのような色が必要なのかを検証しています。こうして創り上げた土台を開発担当の調香師に共有することで、お客様からの多様なご要望に対して、より迅速かつ的確に対応できる体制づくりに貢献しています。

これまでの仕事の中で、一番印象に残っているエピソードを教えてください。

最も印象深いのは、ある花の再現香料を調香した経験です。実際にその花を栽培されている企業を訪問し、現地で生花の香気を捕集させていただきました。一泊二日の出張を通じて、朝・昼・夕方と時間帯ごとに変化する香りを追うことができました。中でも最も華やかで濃厚だったのは、朝日を浴びて香りが立ち上る午前9時頃。まさにその花の最大の魅力が凝縮された瞬間の香気を捉えることに成功しました。
さらに、その花の開発や栽培に携わる方々から直接お話を伺い、花にかける熱い想いに触れたことで、『この素晴らしい魅力を香料として余すところなく届けたい』という、調香への強いモチベーションが湧き上がりました。現地で捕集した香気の分析データをもとに、数千種類の香料原料の中から最適な素材を選定・調合し、約2ヶ月(分析期間を含めると約半年)をかけて再現香料を創り上げました。香水や日用品などの『人が創り出すプロダクト』とは異なり、天然物の香りは、いわば『自然が創った芸術品』であると感じています。その構造は極めて複雑で、精密な分析データが不可欠ですが、ただ分析数値の通りに原料を配合するだけでは、本来の香りは再現できません。分析担当者の技術と、調香師の感性の双方が融合して初めて再現が可能になるのが天然物であり、自身の嗅覚を頼りに、記憶の中にある本物の香りに近づけるための微調整を繰り返すプロセスは、最も難しく、かつやりがいのある工程でした。自然の花の香りは、その時期、その場所でしか味わえない一瞬の体験です。しかし、それを香料として形にすることで、世界中どこにいても、さまざまな製品を通じてその香りを楽しめるようになります。完成した香料を、花の栽培に携わった開発者の方々にお届けした際、『まさに本物の香りそのものですね』と仰っていただけたことは、私にとって何よりの喜びであり、大きな自信となりました。

普段、チームの雰囲気や周囲のサポートについてどのように感じていますか?

所属チームに限らず、会社全体として好奇心旺盛で、探究心の強い社員が多いという印象を持っています。定期的に研究所内で研究発表の場が設けられますが、互いの技術や知見を積極的に吸収しようとする意欲を強く感じます。実際、私のチームが取り組む研究でも、他の研究所のメンバーから『この技術をフレグランスに応用できないか』と提案していただいたことでスタートしたテーマが数多く存在します。また、部署内は専門領域ごとにチームが分かれているため、上司や同僚との距離が近く、日常の些細な気づきやアイデアも気兼ねなく提案できる環境です。毎月開催される部内の勉強会でも、各自が取り組みたいテーマを自由に設定して発表することができます。入社前は『調香師として自立するには10年はかかる』という定説に不安を感じていましたが、実際には体系的な育成カリキュラムが整備されており、社内外の研修や勉強会に参加する機会も豊富にあります。温かく手厚いサポート体制があるおかげで、焦ることなく一歩ずつ着実にステップアップできていると実感しています。

今後挑戦したいことや、未来の仲間へのメッセージをお願いします。

今後は、3つの研究所が集うという環境を活かし、他の研究所の知見を柔軟に取り入れることで、当社にしかできない革新的な調香に挑戦したいと考えています。研究所間の物理的な距離が近いことで、視点やアイデアが共有しやすく、日々新鮮な気づきが得られることは、当社の大きな強みです。また、豊富な知識と経験を持ちながらも決して慢心せず、常に探究心を持って学び続ける先輩方の姿勢に日々刺激を受けています。こうした向上心の高い環境だからこそ、私自身も自然と『より高みを目指して挑戦しよう』と、前向きな気持ちで業務に取り組むことができています。基礎的な調香研究は一つのテーマを深く掘り下げる性質があるため、ともすれば自分の世界に没頭してしまいがちです。だからこそ、常に外の世界に向けてアンテナを広げ、社内外の垣根を越えて情報やアイデアを活発に発信・交換できる『架け橋となる存在』を目指したいと考えています。これから新しく加わる後輩とも、共通の好奇心を持ちながら何でも気兼ねなく相談し合い、お互いにインスピレーションを与え合えるような、温かい関係性を築いていきたいです。就職を検討している方々には、ぜひご自身の好奇心を大切にしていただきたいと思います。周囲の熱意に満ちた仲間に背中を押されながら、自分の『やってみたい』を形にできるフィールドがここにはあります。専門分野の枠を超えて、一緒に未来の香りに挑戦できる日を、心から楽しみにしています。

Columnエンタメ・アートからの刺激

幼少期から美術館に足を運ぶことが好きで、学生時代には学芸員の資格を取得しました。ただ美しい作品を鑑賞するだけでなく、展示の空間演出や観賞者の動線といった『情報を伝えるアプローチ』は、日々の業務にも活かせると考えています。また、当社には香りを色彩で表現する独自のシステム『Aroma Rainbow®』という技術があります。食品向けのフレーバー開発ではリアルな香りの再現が求められる一方で、フレグランス開発では、容器のパッケージカラーやブランドの抽象的なコンセプトなど、感覚的なテーマから調香をスタートすることが多くあります。そのため、アートや色彩から受けるインスピレーションを調香のデザインに反映させやすい面白さがあります。言葉だけではなく、『この絵画に描かれた花束のようなイメージで調香しました』とビジュアルを交えて伝えることで、チームメンバーから『それなら、もう少し香りに陰影(奥深さ)を加えてみよう』といった、より具体的なアドバイスをいただくことができます。そうしたコミュニケーションを通じて、毎回新鮮な気づきを得ています。