香りの世界に興味を持ったきっかけは?

私は、食品向けの香料を扱うフレーバー研究所に所属しています。なかでも菓子向けに、フルーツやバニラなどのスイート系の香料の研究・開発を担当しています。
香料はオーダーメイドで開発します。お客さまが要望するイメージや使用用途に沿った香りを、いくつもの原料を組み合わせて創り上げていきます。この作業は、一つの配合の微妙なバランスで全体の印象が大きく変わってしまう繊細なもので、簡単ではありません。科学的なデータだけではなく、感性や経験も頼りにコツコツと試行錯誤を繰り返し、「これだ!」という配合を見つけていく、ということを日々行っています。
私が最初に香料というものを知ったのは、高校の化学実験です。「リンゴを使わずにアップルパイを作る」というもので、リンゴの香りがする有機化合物を添加したフィリングでアップルパイを作りました。リンゴを使わずにリンゴを感じることができる、という驚きは今でも忘れられません。
実は、私は子供のころから料理や菓子作りが趣味で、専門的に学びたい気持ちもありましたが、悩んだ末、大学で有機化学を学ぶことにしました。その後の就職活動を通じて、自分のやりたいことを見つめ直したとき、高校時代に受けたアップルパイの化学実験の感動が思い出され、「食」と「化学」の両方に携わる香料の仕事に辿りついたのです。
香料の開発には、香料原料の化学的な性質とあわせて、食品の製造工程や組成を考えることも大切です。まさに「食」と「化学」両方への探求心が必要な仕事だと感じています。
今でも趣味の料理は、仕事に良い刺激を与えてくれます。週末にパンやケーキを焼いたときは「この焼きたての香りを表現できないだろうか」と研究のヒントやテーマを探してしまうことも多いです。

印象に残っている仕事は?

お客さまの要望に合わせた香料開発のほか、自分で課題を設定したり、他部署と連携したりしながら、半年から1年をかけて取り組む中長期の開発研究も行っています。
以前、こうした研究の成果をお客さまにプレゼンテーションしたところ、先方のマーケティング部門の方に興味を持っていただきました。私が紹介した香料が、開発中の新商品のイメージに合うということで、後日、担当者さまから直接ご相談を受ける機会を得たのです。開発中の試作品を見せていただきながら、担当者さまの「商品を通じて消費者にどんな喜びを届けたいのか」という熱い思いを伺い、また私自身の意見を求めていただいたときはとても嬉しかったです。
その後も改良を重ねて採用に至り、商品がコンビニエンスストアやスーパーに並んだときには、感慨深いものがありました。

職場の雰囲気は?

フレーバー研究所には、やはり「食」への関心が高い人が多く在籍しています。そのため、集まれば自然とおいしいレストランや洋菓子店、パン屋の話題に花が咲きます。もちろん市場の新商品のチェックにも余念はなく、フレーバリストの目線で積極的に意見を交わします。香料の開発を進める上で、こうした「おいしさ」に敏感な仲間の存在は必要不可欠だと感じます。
研究所では女性も多く働いています。産休・育休を経て現場復帰している先輩もたくさんいますし、最近では男性でも育休を取得する人が増えてきました。家庭やプライベートも大切にしながら、長く働ける環境が整っています。

将来の目標と夢は?

思い出を呼び起こすような、永く愛される香りを創りたい、と考えています。例えば、昔からあるロングセラー商品を食べたとき、ふと子供の頃の思い出がよみがえることがありませんか。よく知るお菓子の味が、家族や友達と過ごした楽しい記憶に結びつく。思わず顔がほころび、元気が出る。そんな経験を一つでも多く届けたい、というのが私の仕事に対するモチベーションです。
人にとって「食べる」とは、一生続いていくことです。おいしさを分かち合い、幸福を感じる経験は老若男女を問いません。これから高齢化社会がますます進んでいく中で、何歳になってもおいしく食べる喜びを提供し、世の中を明るくする。そんな力が香料にはあると信じています。